永野剛です。2019年6月1日にPROGRESSに入会いたしました。

これからPROGRESS3年生。ここで私のPROGRESSヒストリーを振り返ってみたいと思います。

きっかけはグラビアアイドル

「グラビアアイドルの仕事論」タレントの倉持由香さんが出した本です。

Twitterで人気を獲得し、芸能界を生き抜いた方法論が書かれている本が面白くて、是非お話を聞いてみたい、とトークライブに申し込みをしました。

会場に行ってみると、隣に黒いTシャツを着た中田敦彦という人物。二人でトークをするというイベントで、中田さんはやたらとオンラインサロンをゴリ押ししていました。

私もなかなかのミーハーでありますので、中田著の「労働2.0」の本を買い、サインをもらって帰りました。労働2.0という真っ黒な本を眺めながら「オンライサロンって何だ・・・」と、モヤモヤした私は、PROGRESSの門前に立ちます。

月額およそ6千円。「高っ」と思いましたが、その時沸きがっていた好奇心には勝つことができず、申し込みをしました。

Facebookで自分の素性を知られる必要などありませんでしたので、偽名で登録し、顔写真は入れていませんでした。申し込みをしてしばらくしたら「Facebookは本名でお願いします」と言う連絡。Tさんです。「お、お前が本名やないやないか・・・」とツッコミたくなる気持ちを抑え、素直に名前を変更しPROGRESSの世界に飛び込みました。

震えながら通うオフラインイベント

PROGRESSに入ると「YouTube大学収録観覧」という特典がついていました。

最初に通ったのは確か宮沢賢治の回だったのではないかと思います。中田さんのプロの技術を目の当たりにし、さすがだな〜と思って観覧していました。

何を隠そう私は極度の「人見知り」でして、収録に何人かメンバーさんが集まっていたのですが終わるなりそそくさと帰ろうとしていました。

しかし、メンバーさんに「ご飯を食べて帰ろう」と声をかけられ、人見知りに加えて「小心者」の私は断ることもできず素直について行きました。結局ラーメンを奢ってもらう始末。その時のメンバーさんには一生頭が上がりません。

その他に、「幸福洗脳会」なるイベントがありました。幸福洗脳Tシャツを着て、飲食関係はみんなで持ち寄って、小一時間XENOをしたり、トークをしたりじゃんけん大会をするイベントでした。私はイベントのお手伝いをしている方が皆「スタッフさん」と信じてやみませんでしたが、その方たちは紛れもなくメンバーさんでした。(今でも当時のメンバーさんはスタッフさんと思って見てしまう)

そういうイベントに行っておきながら私はやはり人見知りが発動してなるべく人に関わらないで過ごすことを目標に時間をやり過ごすということをしていました。

やがて、「PROGRESS RUN」というイベントが始まりました。みんなで集まってランニングをするというイベントです。私は数ある運動の中で「ただ走る」ことを「なんてちっぽけでなんて意味のないなんて無力な」ものだと思っていました。しかしデスクワークで鈍っていた体にランニングの刃は襲いかかり、私は軽い肉離れを起こしました(おそらくイベント負傷第1号)肉離れした足を冷やしながら夕方の授業観覧に行った思い出。それから不摂生を見直そうとして、10キロの減量をするに至りました。

ここでも私は人見知りを発動させていて、列の最後の方(隅っこ)を走る→サポートしているインストラクター(美女)が心配して声をかけてくる→申し訳ないので対応する→Tさんの目に止まり今も語り種になっています。

そして、思い出深いのは「合宿」です。第1回の熱海、第2回の太宰府に参加しました。流石に宿泊で同部屋ともなると人見知りしてばかりもいられません。このイベントを境に色々なメンバーさんと交流する楽しみを感じるようになってきたと思います。

ここまでお話していたように、極度の人見知りである私がしていたこと、「中田さんに話しかける。」当時ATフィールドバリバリの中田さんに「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」とばかりに食い破って突撃し、軽くあしらわれるということだけはしていました。

そんなこんなで、オフラインイベントを楽しんでいた最中、ある出来事が起きます。その日は朝からPROGRESSラン、夕方には月一回の「幸福洗脳会」が開かれる日で、朝早くにワクワクしながら起床した私はスマホを開きました。そこには「本日のイベントは中止です」のアナウンス。コロナです。

太宰府合宿の頃から忍び寄っていた不安はついに私たちに襲いかかることとなったのです。私はただ一人家の中で号泣していました。何か全くわからない「PROGRESS」というオンラインサロンは、いつの間にか私にとって生活の大切な一部となっていました。

コロナ禍

中田さんはこの日を境に自宅に籠城を決め込みます。一日中、中田さんは配信をして私たちにその姿を見せてくれていました。私は空いた時間に配信を見て一生懸命コメントを打っていました。その時に「永野さんはいつもコメントが面白いね!」と中田さんに言われたことを覚えています。

やがてPROGRESSはオフラインからオンラインへ大きく舵取りをしていくことになります。価格、クラス、メンバー配信などさまざまな変更が加えられ、変化慣れしていなかった私はかなり戸惑っていたことを覚えています。しかしそんな私を気にしてメンバーさんが声をかけてくださるなどして自我を保つことができました。今ではどのような変化も受け入れておふざけさえできるようになってしまいました。

お天気お姉さん

中田さんが朝の会(現ホームルーム)でメンバーから所在地とお天気を報告するルールを決めていましたが、やがてメンバーが増えるとそのルールがなくなり挨拶だけになりました。それなら皆さんからお天気情報を集める「お天気お姉さん」がいてもいいじゃないか、と思い配信で誰かやる人がいないか必死に呼びかけていました。

やがて、一人のメンバーさんがその呼びかけに応じてくれ、現在PROGRESS TVで8時30分に配信されているお天気お姉さんがスタートしました。それから2代目、3代目・・・と引き継がれ、今では14代目まで続き毎日配信が行われています。

歴代のお天気お姉さんからは「永野PのおかげでPROGRESSを楽しむことができるようになりました。」中田さんからは「美女を集めてお天気配信を続けているのは本当にすごいこと。奇跡のオス」と言われています。コミュニティにおいて最も大事なのは「女性が安心して楽しめること」だと思っていますので、これからも奇跡のオスとして頑張るつもりです(笑)

暗黒パズル

私が個人的に配信を続けているものがあります。ある日、中田さんが「パズルを作ろうと思う」と言って話をしていた日があり(結局作るには至りませんでした)パズルについてググっていたときに見つけたのが一面真っ黒の1000マイクロピースパズル。「こいつを配信で作って見せよう」と思い購入したのがきっかけです。当初は1ヶ月半くらいでできるだろうとたかを括っていたのですが、軽く1年を経過。今ようやく4分の2スペースに取り組んでいるところです。

私のスキル

私はオンラインサロンに入る前、写真のスキルを磨くことに熱心でした。山岸伸さんというプロカメラマンに教えを乞い、ヨドバシカメラのフォトコンテストで年間最優秀賞を含む6つの賞を得るほどの腕前になっていましたので、何かこのオンラインサロンで貢献できることはないかと入会当時からずっと考えていました。しかし、すでにカメラ担当の方はサロンにおられ、さらにゴリゴリの某プロカメラマンまで入ってきたので私がスキルを発揮する場所はないな、と諦めかけていました。

しかしそこに、私の写真の先生からオリンパスギャラリーで写真展をするぞ、とお声がけをいただき、自分の作品を東京、大阪の会場で見てもらえる機会を得ることができました。たくさんのメンバーさんに来ていただくことができました。本当に嬉しかった。今でも思い出して涙が出てきます。ありがとう。

やがて、SNSのアイコンをちゃんと撮ろうというムーブメントが来て、私はメンバーの皆さんのアイコン用に撮影をさせていただく機会ができ、学園祭やメンバーさん個人の活動のために撮影をするなどさせていただくこともできました。私が撮ったメンバーさんの写真が電車の吊り広告に使われるようになったりという相乗効果が生まれることもありました。今も写真撮って欲しい!というお声をいただいており大変嬉しい限りです。

そして今年の1月には中田さんからご指名をいただき宣材撮影をさせていただきました。今のYouTube大学、中田トークのアイコンに使われています。

アドバイスメンバー

2021年の3月4月、アドバイスメンバーを務めさせていただくことができました。任命にあたり、「僕は永野剛が大好き」というお言葉をいただけて恐悦至極に存じます。一緒にアドバイスメンバーを務めたメンバー3名とはかけがいのない絆を得ることもできました。ぜひ、皆さんも次回はアドバイスメンバーに手をあげてみてくださいね。

人生を変えたPROGRESS

PROGRESSに入るまで私はとにかく変化を嫌う人間でした。しかし、この変化に富んだコミュニティに所属することで私の人生も大きく変わることになったのです。

YouTube観覧に行った時に販売していたRADIO FISHのチケット。平日開催のライブで、当時私はパワハラマウント社長のいるスーパーブラック企業勤めでしたので「そんな、ど平日のライブになど行けるわけがない」、と思いながらもなんとなくチケットを購入します。

やがてライブの日にちが近づいた時に、「法律の関係で近いうちに有給を消化するように」ということを言われ、ライブの日に思い切って有給を取ることにしました。

ライブは夕方からです。入会当時に購入した「労働2.0」を読んでいたこともあり、ずっと自分の仕事のスタンスを見直していました。

サービス残業+休日出勤までして仕事に追われていた私は、このままでは身を滅ぼしてしまうと思い悩む日々を過ごしていたこともあり、ライブ当日のお昼に、たまたまサイトで目にした求人に申し込みをし、面接にいくとすんなりと「ぜひうちに来てください」というお声がけをいただくことになり、スーパーブラック企業から飛び出すこととなりました。

今は大きな会社に勤め、給料はそれなりですがまともな時間で仕事をして、多くの時間をPROGRESSに使うことができるようになりました。

最後に

もし、私がPROGRESSに入っていなかったら、一体どんな人生を歩んでいたでしょう。出会いが多い分、ちょっぴり悲しいこともあるけれど、こんなにワクワクする毎日を過ごすことは絶対になかったでしょう。これからも、ふざけてばかりいる私ですが皆さんよろしくお願いします。