「1年記念の日 僕はプログレスにはいなかった。」

はじめに

集団だからこそ孤独を感じることってないですか?
僕はよくあるんです。
飲み会の席 カラオケ 複数人でいればいるほど、孤独を感じてしまう
その空間に自分が異物として存在しているような感覚

そんな感覚、ありませんか?

このプログレスにおいて、貢献できているのか不安になって
果たして僕はここにいていいのだろうか?と考えたりする。

今回のコラムはそんな方に読んで欲しいと読み返しつつ思っております。

よかったらあとがきだけでも読んでくれると嬉しいです。

youtube大学との出会いから入会へ

僕とyoutube大学との出会いは、2019年の8月ほどでしょうか
まだ蝉時雨がこだまする夜に出会いました。
僕には大好きなテレビ番組がありました。
それは「林修の生きざま大辞典」
TBS系列で放送されていたバラエティ番組で、
毎回偉人を林修先生が著書などを元に紹介するという番組で
初回はイーロンマスクから始まり、ダルビッシュ有や北斗の拳の原作者 武論尊
松井秀樹、ジョッキーである安藤勝己 ハッカーである下村努 スティーブジョブズなど
ジャンル、時代ともに多岐にわたる偉人を紹介していた番組でした。

しかし、その大好きな番組も半年ほどで打ち切り、
同じような番組がないか、youtubeで検索してた中で、youtube大学の偉人伝がありました。
当時は5Gの動画の前くらいの時代で、数十万人ほどの登録者数だったと思います。
そこから食い入るように見ていった中で、オンラインサロンというものを知り、
2019年10月くらいにプログレスに入ろうと一度決意しました。
ですがpaypal決済がうまく行かず、諦めてしまいました。

よくよく考えると当時の僕は俳優 声優をしていた生活から逃げ出し、
実家へと帰り、心もボロボロ うつ病も患っており、その症状も
一番最悪な時期をなんとか脱出したという時期で、
会費を払い続ける自信もなければ、地方住みということもあり
イベントにも参加できないという状況だったので、
「そうだよね、まだもうちょっと生活が安定してから」
と自分に言い聞かせ、入会を辞めました。

僕が入会するのはそれから半年後のこと

 

4月11日入会

半年たち、生活もある程度安定してきて、
うつ病の症状もある程度良化してきた時期
新しいことをしたい、と思ったり、当時youtubeを始めた時期でもあり、
何かうずうずしていました。

その時に2ndチャンネルにて授業観覧のzoom観覧が導入されたことで
入会を決意 paypal決済もうまく行き、入会に至ります。

5月プログレスTVバブル

入会した時期のプログレスはオフラインでのイベントがなくなり、オンラインでの交流が
始まった時期 プログレスTVが始まった時期というのもあって、
その波に乗り、僕は配信を多くするようになりました。

こういう配信に関しては高校時代からニコ生をやっていたり、
SHOWROOMやtwicasもやっていたので慣れていました。
その輪っかに入るにはまずはたくさんの配信を見ることから、
「人に名前を覚えてもらいたかったらまず自分から覚える」
というのをテーマにして、たくさんの配信にコメント
そして自分も配信をするという作戦でやっていきました。

ですが、配信当初はどういったことをすればいいかわからず
とても迷っていて、普通に配信をしても、新規入会だし、
関係性もない中で入って早々めっちゃ配信する怪しい奴と感じる人もいらっしゃったと後になって聞きました。

その中で、「何か組織のためになることをしなければ孤立する」と感じたんです。

でも僕は何かについて深い造詣があるわけでもないですし、
仕組みを考えたり、ビジネス的なことを考える力もなかったので
10年続けていた声優や俳優という職業から、
声に関する知識を共有するという武器しか持ち合わせていませんでした。

僕は朝の会直後に毎日声について配信する番組「アサゴエ」を開始
ほぼ毎日朝の会直後の30分間 声に関する配信を行いました。
前半はアーカイブ性を高めるために授業 後半からコメント読み
という形式で行った結果、たくさんの方が観に来てくださって、
他の人の配信にお邪魔したり、番組MC、
そしてお遊びでシアターにアップした勝手にプログレスTVのラジオCMを作っちゃうという動画をきっかけに
色々な企画にナレーションをあてたり、ナレーションに映像をつけてくれたり、
PG校歌の歌詞編集に関わったり、メンバー間でのコラボをすることができました。
やっとここでメンバーの一員になれた気がしました。
入会してから1カ月のことです。

その後、プログレス24時間TVや7月8月のアドバイザーなどを行っていて
いわば「目立つメンバー」になっていたと思います。

ですが、自分の中では組織に何か貢献できているか?との問いに 合格点が出せずにいました。
とにかく楽しさを共有することのみ行っていて、何かルールについて話したり、何か仕組みを作ったり、プログレスの中で大きく貢献できる発明品がないことが、とても恥ずかしく思っていました。
そして、外での活動が全く結果が出ていないという大きな劣等感に苛まれました。
(入会前に始めたyoutubeチャンネルは恐ろしいほどに失敗をしました。)

何かチャレンジをしていれば、劣等感は消えるかもしれない
チャレンジが成功しさえすれば、劣等感は消える

そんなことを思いながら たくさんのことにチャレンジしました。
イメチェンしたり、ウーバーイーツを始めたり、婚活を行った時期もあります。
どれも中途半端で、自分を認めることが一切できずに、自己肯定感は急降下し続け、
劣等感の塊になってしまいました。

そんな中、僕はプログレスTVで行っていたゲーム実況 under taleを題材にした朗読劇を
学園祭で行うことになったのです。

10月17日 プログレス学園祭

ボロボロの中、一つの希望としてあったのがこの学園祭
自分自身を認めることができずに、自己肯定感がどん底の中
僕は脚本を書き、出演をしました。

この学園祭は投票制で、出演できたチームはごく一部で、出られなかった人もいます。
ここで投げ出したら投票してくださった方や出られなかった人に顔向けできない
そう思いながら筆を走らせ、練習をしました。

演じることについては、絶対に投げ出したくないと思っていたし、
メンバーの方々が楽しみにしてくださるのが大きく背中を押してくれました。

学園祭当日は夢のような時間でした。
自分のことを好きでいられる時間がやっと来た 
生きているという実感を久しぶりに感じました。

しかし、その満足感は数日にして枯れ、残ったのは不甲斐ない現実のみが残りました。
youtubeや声に関するお仕事も、全て、結果が出ず、完全に自信を失いました。

自信のないまま表に出たくない、人と会う時はポジティブでいたい
いつしか僕は無理をするようになり、その無理さえもできない状況になり、
そうして僕は、あまりプログレスにアクセスしないようになりました。

11月11日 修学旅行

そんな半分不登校の時期にあったのが修学旅行
私生活ではバイトも辞め、youtubeも惰性で更新、家にふさぎ込むようになった時期でした。
ですがそんな僕を修学旅行をオンラインで楽しむ企画の音楽番組に出演しないか?と声をかけていただき出演しました。そこではタモリさんっぽいキャラクターを演じ出演しました。

キャラクターを被せないと、素のままの自分でいったら崩壊しそうだったので
キャラクターを演じることで、人前で正気を保っていました。

その後、僕は半年もの間 ほとんどプログレスを見なくなりました。

 

11月~5月半ば 不登校期

そこから僕のうつ病はびっくりするほど悪化していき、
生きているのがやっと、という状況まで行きました。

あ、このまま僕は引きこもりになって、死んでいくのか、
自分の人生を諦めようとしていました。

そんな時にふとサロンメンバーの久藤瞬さんからZOOMに誘われて、通話をすることになりました。
元からお話したかったこともあり、とても楽しくお話できたことを覚えています。
僕としては久しぶりの人との会話でした。

その時にお話したことで、新しいyoutubeのジャンルの方向性が決まったり
声優に対して再度挑戦してみる という気持ちもやってきました。
正しくは もう一度声優になるのではなく
この声という武器を使って何かを行いたい と今は思っています。

やる気が少し回復して、バイトも再開することが出来ました。

ですが、やっぱりまだそこまで元気ではなく、
とにかく生きるのに必死な時期でした。
今では自分を自分で認められるようになる作業をこの時期にする必要があったのかなぁと思っています。

丁度この時期は、祖母がガンになり、それも大きく精神的にきていた時期でもあります。
家族の中で唯一心を開ける存在が祖母だったので、
祖母がいなくなったとしたら、僕はもう生きていけないとさえ思っていました。

日常の中で、疲れつつも日々をこなしていた僕は プログレスを辞めようと思いました。
もう、僕は耳と目を閉じ、口をつぐんでくらす人生でいい
人との関わり合いに、疲れてしまいました。

退会する方法を探していた時に ふと とあるコメントを思い出しました。
それはとある授業での感想の時に
僕がよく交友関係をリセットするというお話をしたら、コメントにて
金井節子さんが「プログレスはそうならないといいなぁ」
というコメントをいただいたことが思い出されました。

この言葉に、はっ!と気づかされました。
「このまま辞めると、僕は本当に社会とのつながりを失ってしまう。
プライベートでも僕は誰とも交友を持たずに生活しているし
本当に孤独のままこれから生きていくのだろうか?」
そう考えているうちに、僕と仲良くしてくださったメンバーの方々が思い出されました。

元気な時に 一緒に笑い合った仲間
うつ病を告白した時に DMをくれた友達
婚活に挑戦した際に アドバイスをくださった先輩方
配信やコメントで、あいさつをしあった日々
そして、何度も中田さんは僕のいいところやアドバイス、他人と比較しなくていいことを優しく投げかけてくれたっけ

 

本当にこれらを捨てて孤独で生きるのか?

 

この自分の問いに YESとは言えませんでした。

この時期から僕は、真剣にうつ病と向き合うようになります。
まずは食事から変えていきました。

それにより症状は少しずつですが良化していきました。

何よりも自分の精神の健康第一に生きると決めました。
人のことを幸せにしたいって思っている割に 自分のことを幸せにできてないことにも気づきました。
自分のことを幸せにしたいと思いました。
そのために歩き始めました。

そんな時、父親から話があると言われ、2人で話す機会がありました。
「そろそろ自立しないか?」
僕はすぐにそれを受け入れ、一人暮らしを始める準備にはいります。
僕はそれを言われる心の準備ができていました。
なぜなら年明け頃に菅澤奈央さんに占ってもらって、一人暮らしをした方がいいと言われていて、僕のストレスの根源は、実家に住んでいることとズバリ言われていたのです。
それを言われた直後から一人暮らしはしたかったのですが、経済的にも全くダメで
一人暮らしをするのが難しかったのです。

可能な限りの出勤日数のアルバイトの中での課題は、生活レベルでした。

生活レベルをそこそこ高くしてしまっていた僕は、幸か不幸かうつ病のおかげで少しずつですが生活レベルを落とすことが出来て、「これならいけるかもしれない」というラインまで来ました。
バランスがとれてきた時期になり、丁度部屋の候補を探している時期に父親から話があったのです。

父のことは好きです。 両親ともに愛情深い人たちで、いわゆる温かい家庭で、一般家庭よりも愛情を受けて育ったと思います。
ですが、どこか苦手で、一緒にいても何を話していいのかわかりません。
父も僕に何を語り掛ければいいかわからないし、僕もまたそうです。
実家に暮らしていた時は 実家に暮らしているということだけで負い目を感じ
父親と顔を合わせる度に 自分が情けなく 申し訳なく思い、気分が沈みました。

父がそれを感じ取っていたのかは知りません

一人暮らしを決意してから、止まっていた歯車が少しずつ回り始めました。

5月末 再浮上

引っ越し手前くらいからでしょうか、僕はプログレスにちょっとずつ顔を出すようになりました。
まだzoomをしたり、配信をしたりはしていません。
やっと先日 シアターと自己紹介を投稿したくらいです。

もうほとんどの方が僕のことを知らないと思います。
だからこそ、ゆっくりと馴染んでいけたらと思います。
僕の旅はこれからですし、ここからもっと楽しくするって決めています。
休んだ時もあったけど、でも後悔はしていません。
また新たな気持ちで、船旅が出来たらと思います。

僕のキャラクターに大舟大二郎というキャラクターがいます。
PROGRESSを支える男 大舟大二郎、
彼の座右の銘は
「人生は船旅だ、長い長い船旅だ、波にのまれる時があれば、波に乗れる時もある。僕らができることは、波の心配をすることじゃない、船上で、いかに旅を楽しむか?ということだけなのだ」
自分自身で即興で作ったキャラクターに勇気づけられています。(原案は中田さんのHRです。)

ライフイズフェスティバルから生きていて楽しいへ、
これからの人生、どう楽しむか?について考えていきたい

今月末にはフリマがあり、8月には学園祭があります。
イベントはより人と仲良くなれます。
僕も初のイベントという気持ちで どちらも参加できたらなぁと思っています。

勿論、無理をしない範囲で、

人づきあいが不器用な僕ですが、よかったら一緒に楽しみましょう。

 

あとがき

ここまでご覧いただきありがとうございます。
僕が帰ってこれたのは、僕が人としていれるのは、メンバーの皆さんのおかげです。
このコラムではなるべく特定の人物の名前は挙げないようにしましたし、
挙げると多くの方々のお名前を挙げたくなってしまうので、
本当に限られた3名を挙げさせていただきました。
久藤瞬さん
金井節子さん
菅澤奈央さん
そしてそれ以外にも前述した
元気な時に 一緒に笑い合った仲間
うつ病を告白した時に DMをくれた友達
婚活に挑戦した際に アドバイスをくれた先輩方
あいさつコメントをしたら、必ず返信をくれる方々
twitterでも仲良くしてくださる方もいます。
他にもリアルでお食事してくれたり、深夜遅くまでZOOMでお話してくださった方もいます。

関わってくださった全ての人に感謝を申し上げます 本当にありがとうございます。

僕は学園祭での台本で、こんなメッセージを伝えていた気がします。
「何も飾らなくていい そのままのあなたが好きな人は必ず存在してる
いつも誰かが手を差し伸べている その手を掴むのは君次第だ」と

まぎれもなく自分にも言い聞かせていた言葉です。

僕は手を出せずにいました。

僕は元来、戦うことが嫌いです。
戦うことで常に劣等感と出逢ってしまうから
だから戦いから逃げてきました。

だけど最近気づくのは それは戦いではないのではないか?と思うのです。
自分自身が決めた勝利条件をクリアできさえすれば、それは勝利だと思うようになりました。

僕の価値観での成功、勝利を目指せばいいと思えるようになりました。
そして、どんな自分であったとしても少しですが認めてから進みだせるようになってきました。

でもそれは、このコミュニティでは受け入れられないと
いや、社会がそうだったから、そう思っていました。

だから手を出せずにいました。

だけど、それも一つだよね、って言ってくれることに最近気づきました。

そのおかげで少しですが、手を出せるようになってきました。

 

そして、存在価値のことも
何かの仕組みやルールを作ることなどに自分が関わっていないからといって劣等感を感じる必要はないんです。
誰もが人との関りを持っている以上 プログレスになくてはならない存在だって僕は思うんです。

いろんな評価や数字がそれを見えなくするときがしばしばあります。
だけれど、最後に人と人が繋がれるものは、いつだって無垢な心同士だって信じています。

誰かが誰かのかけがえのない人です。
気付いていなくても、感じていなくても誰かにとっての支えになっているんです。
それ自体でもう、このコミュニティにとっても
多大なる貢献だと思うし、そこがコミュニティにとっての一番の骨組みだって信じてる。

あなたがいるからこそ生きるのが楽しい そんな連鎖を生んでいきたいし、またそれを感じていきたい

それこそが、希望の翼なんじゃないかと 僕は思うんです。