いはらまさたかは、生きる理由を見失っていた

彼は18の時から俳優をやっていて、舞台、ドラマ、映画などに出たり、声優としてラジオや吹き替えを8年行っていた。

だが彼は2年前に精神的に追い詰められた結果、その仕事を辞めてしまう。

人前で演じること、話すことは彼にとって唯一長く続けられたものである。

彼は何をやっても長続きしなかった。

学校のクラブ活動でさえ 野球 ラグビー 演劇 将棋 吹奏楽 サッカー スイミングと、数多くのことに挑戦したが、1年も経たずに辞めてしまうような人間だ、だが人前で演じること、話すことに関しては10年以上やってきた、今となっては彼の生きる理由にすらなっていたのだ。

だが彼はそれを2年前に失ってしまった。

その後生きる理由を探してみた、だがそれはどこにもなかった。

人前で演じること、話すこと以外は

彼は決心した。目的は変えず、手段を変えてこの生きる理由を守ってみようじゃないか、そうして彼はYouTubeなどの媒体で発信することを生業にしようと思ったのだ。

だがそれは上手くいかなかった。

挑戦した時期の彼はまだ、精神の健康状態がいい状態ではなかった

人からの批判を恐れながら発信を行っていたのだ。

YouTubeはそんなスタイルでやって成功するような世界ではない

彼には決定的に「覚悟」が足りなかったのだ。

そんな時、彼の尊敬する中田敦彦がオンラインサロンPROGRESSの中で「モノマネをしている人がいない、モノマネされるような人になりたい」ということを語った。

彼はこの言葉に、一筋の光を見たのである。

「モノマネならば、もしかしたらまた、輝けるかもしれない」

そうして彼は中田敦彦のモノマネすることを決心した。

そこの決心の裏には、中田敦彦を応援している人 好かれる人に自分の一挙手一投足見られること、何かしらの批判があること、全てに目を背けずに戦うという覚悟があった。

2021年7月6日 彼はマネ田敦彦になった。