お読み頂きありがとうございます。

私が一人で思っていることを書きたいと思います。3分ほどお時間があればお付き合いください。

佐藤優さんの本で読書とは代理体験であると書いてありました。私自身、「読書とは何か」を意識せず、漠然と読んでいました。もう一つ、「読書とは思考のショートカットである」という言葉も印象に残っています。私は、一言で読書の面白さを表現するなら、まさにこれらの言葉だなと感じました。

例えば、私は逮捕されたことがないので、拘置所での生活を本当には理解していません。しかし、佐藤優著「国家の罠外務省のラスプーチンと呼ばれて」を読むと、拘置所での生活が具体的にイメージできます。逮捕という異常事態に対して、人間はどのような精神状態となるのか、佐藤優さんの実体験を通して代理体験します。その時に、本の内容が腑に落ちる時があれば、現段階の自分には理解できないものもあります。読んで理解できない部分は、その段階では知識や思考が足りていない部分だと気づかされます。また、自分がこの天才の話を一時間聞きたいと思ったらとんでもなく大変な段取りが必要になります。(実際には、聞けないことのほうが多いと思いますが、、)しかし、本なら天才の視点を通して見た景色を代理体験できます。哲学をゼロから考えようと思うと一生では足りませんが、過去の偉人が思考した結果を勉強することで、何百年という思考時間をショートカットできます。人間が他の動物より繁栄できているのは、過去の偉人が経験したことを代理体験してショートカットできるからだと思っています。

さて、他人より抜きん出て成功しようと思うと、自己嫌疑と自己研鑽を繰り返す強さが必要だと思います。しかし、実際には、私にそれらの行為は精神的負担が強すぎるため、毎日繰り返すことはできません。なので、意識するとしないと関わらず、自己嫌疑と自己研鑽をし続ける期間と、嫌になってしまう期間が周期的に来ます。なぜなのかは、自分にはなんとなくわかっているようで、根本から解決できていないことを考えるとわかっていないのだと思います、、、

私は、他人より多くの失敗を代理体験する方法として読書を活用しています。逮捕が自分の身に降りかかると思うとゾッとしますが、代理体験なら逮捕されずないのに自分ごとのように考えを深められます。読書の面白さとは、本来経験できない体験を、他人を通して経験して人生の考えをショートカットできることだと考えています。