私達が外を歩いて目に入るものはほとんどが株式会社に関係している。むしろ、株式会社に関連していないものの方が少ないと感じています。

 株式会社が存在する最大の目的は、株主に利益を配当することです。このことが非常に重要にな部分だと感じています。

 資本主義経済では、社会の余白をどんどんと利益が見込める事業に変換していきます。これは、安価で大衆が楽しめる娯楽やサービスを提供しています。私自身、若くお金がないのでこれらのおかげで生活か成り立っています。株式会社の恩恵を被っているのは、株主以上に私自身かもしれないと感じています。

 しかし、その反面、社会に余白があると全てを利益に変換する動きに対して、時々やめてほしいと思う時があります。

 社会の余白とは、無規則な自然のことです。社会の余白を無くし、規則的で全ての人間が利用できるようなサービスに作り変えることで、私を含めて大勢の人が安心してサービスを受けることができます。

 全てが株式会社化することで、日本中どこに旅しても安心して旅行することができます。しかし、都市部はどこに行ってもほとんど同じ光景です。私が東京、京都や福岡などの電車の窓から外の景色を眺めても、同じようにマンションが立っています。

 このことは、養老孟司先生のお言葉をお借りすると、全てが脳化する社会だと言えます。

 私は、社会の余白を無くして均一なサービスを提供することで恩恵を受けています。なので、これらの働き無くして生きていくことは決してできまん。

  ただ、このまま均一な世界を作り続けるために、朝昼晩を問わず自分の人生である時間を切り売りして働くことに疑問を持っています。

 そもそも動物であるはずの人間が、なぜ、全体として見ると均一な物を作るためにせかせかと働いているのか個人的な疑問を持っています。若く経験も少ないため、浅い意見な事は承知しています。

 なので、思うことがあれば意見を頂けると勉強になります。よろしくお願い致します。